残念ながら、いままで職場や友人で親指シフトを使いこなす人(親指シフター)と出会ったことがない。
親指シフトとはキーボードからかな入力をする方式の一つで、富士通の神田泰典氏が考案したものである。
ワープロ専用機のオアシスに採用され、その後日本語入力コンソーシアムのNICOLA配列として引き継がれている。
この方式は、1キーにかなが2つ配置され、親指でシフトキーを押して使い別けるしくみである。
ホームポジションに手をおいて右手の人差し指から小指までを押すと
「はときいん」と表示され、同じキーを今度は右手の親指(変換キー)と同時に押すと 「みおのょっ」と表示される。
メリットは
- かなを直接入力するため、ローマ字入力に比べてストローク数が少ない。
- 「ばびぶべぼ」などの濁音や「ぱぴぷぺぽ」の半濁音も1ストロークで入力可。
- 親指でシフトキーを押すため、小指に比べ疲労度が低い。
- ホームポジションに手を置いたとき、BackSpaceが右小指の右隣にあるため打ち直しが楽。
デメリットは
- 普及していないのでキーボードが少ない。
- ローマ字入力に比べアルファベット以外にかな配列も覚える必要がある。
- 出先や他の人のマシンを借りる場合、通常はローマ字入力の設定なので、結局両刀使いができないと苦しい。
デメリットの1.については、現在ほぼ解消しつつある。
サードパーティが発売している専用のキーボードを購入して接続もできるし、付属のキーボードでも、PC-98,IBM互換機,MACでは「親指ぴゅん」「親指ひゅん」「OYA-UB」等のソフトで、キーボード配列を読み替えてくれる。
かつて私もプログラマーだったので勿論ローマ字入力をしていた。
自宅と職場でオアシスを購入してから親指シフトを試してみて、ほぼ一週間で入力スピードが逆転した。
なにより頭に浮かんだ言葉をダイレクトに打ち込める快感を覚えるとローマ字方式に戻れなくなった。
今の職場に移って、提供されたキーボードは当然のごとくDOS/V用A01型だった。
自分の指使いができず、たどたどしいローマ字入力を余儀なくされていた私は、帝国に支配されて母国語を禁止された少数民族の悲哀を噛み締めていたのだった。
しかし、神は我々親指シフターを見捨ててはいなかった。
苦悩の民族に救世主!その名も「親指ひゅん」をお使いになられた。
この救世主は帝国内部に忍び込み、帝国の決めた文字コードを親指シフター用に変換していくけなげな働きものなのである。
しかしこの偉大な救世主も我々親指シフト族をこれ以上繁栄させることはできないであろう。
なぜなら、「親指ひゅん」を使用してA01型で親指シフトを練習するのはあまりにも不自然だからである。
私の様なオアシス村やタウンズ村出身者でなければ身につけようという気にならないということを、今まで人に薦めてみていやというほどわかっている。
そして私の息子にさえ、親指シフターへの道を指し示すことができないでいるのだ。
DOS/V帝国の最大入力勢力であるローマ字族ヘボン派に取込まれてしまった方が、たぶん幸せなのだろう。 親としては、「JISかな族には気を付けろ!」とアドバイスするしかない。
三十年後、絶滅寸前の親指族は変わった特技の持ち主として政府の保護を受けながら、土産物の親指人形を作ってほそぼそと暮らしていたのであった。
(強引なおちだ)
(C)Ken Nishijima 1997.3
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