ホームシアターへの夢

 映画館へ行かなくなって久しい。
 学生の頃はロードショーの封切り館によく行ったのだが、所帯持ちになってからはすっかり足が遠のいた。
 最後に行ったのが新聞の勧誘でもらった招待券で「北斗の拳(劇場版)」を親子3人(息子1才)で見たときだった。
 ケンシローの
 「アータタタタターッ!」
 という絶叫に、息子が泣き出してしまい、妻は泣いている赤子を抱いて廊下に出ざるを得なかった。

 それから、映画はビデオでテレビ観賞するようになった。
 テレビのサイズを29インチにしたり、LD(レーザーディスク)を導入して画質と音質の充実を試みたが、どうしても大画面への憧れは募った。
 ある映画評論家が雑誌にこのようなこと書いていた。
 「近頃は家庭用ビデオの普及で映画をテレビで見ることが多くなり、映画館から客足が遠のいている。
 しかし、映画というものは昔から大画面を前提として制作されており、監督の意図や作品の芸術性は大画面を通して伝わるものである。
 テレビの小さなブラウン管で映画を見て作品を評価することはその作品に対して失礼なことであり、そんな見方で映画に接している限り、本来の感動というものは得られないのである。」
 うーむ。なかなか説得力がある意見である。

 アメリカやヨーロッパのお金持ちの家では、古くは映写機を、今では3管式プロジェクターを部屋に設置し、スクリーンに映像を映して楽しむホームシアターというのを作っているという。
 そして日本でもこのホームシアターが普及しつつあるという話である。
 「そうか、この手があるぞ」
 ただ、雑誌で紹介されているのはすべて専用の広い部屋で、
 「どうです、いいでしょ」
 という、お金持ちの自慢たらたらな雰囲気に包まれている。
 それに、3管式プロジェクターを設置するには少なくとも10畳の部屋が必要といわれている。
間取り  しかし、我が家は県営団地で間取りは6畳,4.5畳,3畳のキッチン,2.5畳のサービスルームの2KSである。そこに親子4人が暮らしているのだ。
 普通、ここでホームシアターなどという思い付きはあきらめる。
 もしくは、がんばって稼いで大きい家を手に入れる夢をえがく。
 私も(大画面なんてまだまだ遠い夢の話しかなぁ)と半ばあきらめていた。
 ところが、1989年にシャープが液晶プロジェクターという製品を発売した。
 カタログによると6畳の部屋でぎりぎり80インチのスクリーンに投影できるという。
 「これならいけるかもしれない!!」
 5メートルの巻尺を買ってきて、部屋という部屋の壁面をスクリーンに見立て投影距離を測りまくった。

XV-101T  そして、1990年に出たシャープのXV-101Tという製品をキッチンの壁に壁掛け用器具を使って設置することで、リビングとして使っている4.5畳の壁に80インチのスクリーンをかけることが可能であるという結論に達した。
 さて、次の問題はプロジェクターの価格である。
 この製品は定価55万円であった。
 これに設置用の器具、スクリーンを合わせると60万円を超える。
 勿論、気楽に手を出せる価格ではない。
 しかし当時担当の仕事が忙しく、一ヶ月100時間以上の残業が数ヶ月続いていたため、手取額に余裕が生まれ、あっさりと妻のOKが出た。
 こうなれば、もう迷うことはない。
 日曜日に秋葉原のヤマギワ電気に行き、液晶プロジェクターの映像を見た。
 3管式に比べやや映像が荒いのが気になったが、気持ちが舞い上がっているので冷静な判断力を多少欠いていたかもしれない。
 ヤマギワを後にして神田方面に向かって歩き、問屋街の安い店で、意中の製品を注文して帰った。

 10日後、製品が届いた。
 次の日、会社を休んで朝から設置作業に取り掛かった。
 昼過ぎに作業が終わり、カーテンを閉め、80インチのスクリーンに映像をうつした。
 「オオー!」
 ついに夢がかなったのだ。
 大画面はお金持ちだけの特権ではなくなったのだ。
 工夫次第で、団地住まいの私にもスクリーンで映画が楽しめる時代になったのだ。
 やったのだ。
 ワハハハハ・・・・。

 と、なるはずであった。
 しかし、現実はきびしい。

 「ん・・・・・」
 「こっこれは・・・・・」
 次から次へとLDをかけかえてスクリーンを食い入るように見た。
 背中から冷たい汗が流れてきた。
 解像度が低い。
 画素間の格子模様が目立つ。
 白から黒へのコントラストが低い。
 動きのある映像でさらに解像度が落ちるので、ピントがずれた様に見える。
 画面が暗い為、青空の色がどんよりしている。
 まさに初期の液晶プロジェクターの欠点をそのまま体現している製品そのものであった。

 そして、その日から私の苦悩の日々が始まるのである。
 苦悩の日々とは、

  1. これだけお金をかけて、こんなものかという落胆
  2. しかし、あからさまに落胆するのはプロジェクター導入に賛成した妻の手前や、喜んでいる子供の前で、ちょっとできない
  3. 新しいLDを購入するたびに上映するが、解像度の低さばかり気になり、映画に集中できず楽しめない
  4. 値段が値段だけにあきらめきれず、もちろん捨てられない
   (ただ、妻と子供は解像度が低いのがそれ程気にならないらしい。近所の子供達を集めて、アニメの上映会などをしているようだ。)

SCREEN


 液晶プロジェクターはその後、シャープ以外でも、エプソン、ビクター、三菱、ソニー等から発売され、格段に進歩して初期の欠点はほとんど解消している。
 しかし、我が家の設置条件に合致する製品はなぜか出てこないのだ。
 シャープさん、XV-101Tの後継機をなぜ出してくれないのか。
 もう、8年も待っているのだ。
 DVDまで導入して待っているのだ。

(C)Ken Nishijima 1997.12