五厘(ごりん)

 このタイトルを見ただけで、ピンと来た人は私より同世代かそれより上かもしれない。
 五分(ごぶ)、三分(さんぶ)、一分(いちぶ)、五厘(ごりん)とくればヘヤースタイルのカット名称である。
 俗に坊主刈りといわれる。

 当時、中学で野球部に入部するということは、坊主刈りにすることであった。
 同じ坊主刈りでも髪の毛の性質により、多少長くても目立たないタイプと目立つタイプに別れる。
 目立たないのは、少しくせ毛で髪の毛が頭皮にくっつているタイプで、これだと坊主頭というイメージも少ない。
 ところが、ニシジマ少年の様に、直毛で頭皮に対して垂直に伸びるタイプだとすぐに、むさ苦しくなり、帽子の段がくっきりできてしまうので、まめに床屋に行かなければならない。

 このままでは床屋代がかかるので母親はとある日曜日、手動バリカンを買ってきた。
 そして洗面所に座らされ、素人床屋が始まった。
 どうせ坊主刈りだから、まあいいかとあきらめて母親に従ったが、これがとんでもない間違いだったと20分後に気づくのである。
 素人の腕だと、当然のように刈りむらが発生し、多少髪が濃いところには再びバリカンが当てられ、そうすると反って周辺が濃くなるので再びバリカンが当たり、そうこうしているうちに頭全体がこれ以上刈りようがない、五厘という状態になった。
 あまりの結果に絶句してしまったが、母親は自分の仕事に満足している様だった。

 「青いプールにごまが浮いているみたいだ」
 次の日、登校中に出会った水泳部の小林君が、びっくり目のままつぶやいた。
 まさに、五厘というのは青いのだ。
 髭の濃い人の剃り跡が青く見えるように、頭全体がそうなってしまった。
 朝連が終わり、教室に入ると、じわじわとクラス全体に違和感が広がっていった。
 その日の一時間目の授業は英語だった。
 「グッモーニン、クラース」
 「グッモーニン、ミスターカワーノ」
 「ハワーユー?」
 「アイムファインサンキュー、アンジュー?」
 「アイムファイン、トゥーサンキュー」
 お決まりの挨拶のあと授業が始まるはずだか、河野先生はなかなか喋り出そうとせず、視線はニシジマ少年に向けられていた。
 そして、
 「んー。いーなー。ニシジマー。やっぱり日本人はいいよねぇー。」
 そこで、今までくすぶっていた何かがはじけたように、クラスは大爆笑に包まれ、開き直ったニシジマ少年は立ち上がって、深々とお辞儀をしたのだった。