墜落

 アリスの「涙の誓い」という曲で、
 「♪もう二度と消えない手首の傷あと」
 という歌詞があるが、ニシジマの右手首にはくっきりと長さ8センチの傷あとが残っている。
 どうもこの傷に気が付いた人は勘違いしてしまう傾向にあるので、今回はその説明も兼ねてお話しは始まるのだ。


 中一のときの学業成績は一学期、二学期、三学期と見事に下降線をたどっていった。
 父親はその原因を部活動にあると判断し、野球部をやめて塾へ行けと言った。
 ニシジマ家では父親の言葉は命令に等しい。
 また、どう見てもレギュラーにはなれそうもないことに気づいていたため、結局中ニになったところで、退部届を出した。
 顧問の先生は、せっかくこれから後輩ができて面白くなるのにと、残留を進めたが、まぁ有力選手ではなかったので、あっさり届けを受理したのだった。

 部活のなかでも運動部では特に、引退まで頑張らずに途中で退部すると、「脱落者」「負け犬」「根性なし」というレッテルを心の中で背負うことになる。
 放課後、野球部の練習を見ないようにわざとグランド側の道を避けて帰るようになった。
 甲子園で優勝し、東京大学に入るという一年前の無知から生まれた明るい夢が、早くも現実と直面し、崩れ去って行くのである。

 突然現在に話は飛ぶが、会社の野球部に入ってサードのレギュラーになり、トーナメント大会で勝ち進んでいた4年前。
 試合後の飲み会で、
 「野球部に入れてもらってニシジマの人生変わりました。」
 と発言したとき、マネージャーの長野さんが、
 「そんな大袈裟な・・・」
 とあきれていたが、いえいえ全く大袈裟な言葉ではない。
 おかげで、中学時代から背負っていた心の重荷を32才にして、降ろすことができたのだ。
 はっきり言って、このときほどこの会社に転職してよかったと思ったことはない。
 (勿論、転職してよかったことは他にも一杯ありますヨ・・ハハハ・・(^_^!)

 2年12組の教室は北側校舎の3階にあった。
 南側の窓は中庭に面していて、ベランダはなく、窓の下には約70センチ幅のひさしが出ていた。
 そのひさしに何かの理由で人が出ると、
 「閉めちまえー」
 というのりで、空いている窓を閉めて外に出た人をからかうというのが、少しスリルのある遊びであった。

 5月のある日、2時間目の体育の授業の帰り、ニシジマ少年の体育帽をK君がとって、C君にパスし、C君はそれをひさしへほうり投げた。
 帽子を取りにひさしへ出ると、例によって閉め出しの展開になった。
 そばにいたI君が窓を閉めた反動でニシジマ少年の体勢は後ろへ反り返り、いともあっけなくそのまま3階から地面へ落ちていったのだ。