入院

 最初の一週間はベッドに張り付いた生活だった。
 口の中を切っていたため当面は食事ができず、点滴で栄養補給していた。
 なにも食べれないので、全くの便秘になってしまったが、おしっこは催した。
 このような場合、一人で尿瓶に放出できればよいのだが、悲しいことに両手は二の腕から指先までギプスで固定されていてなにも出来ないのだ。
 看護婦さんに何もかもやってもらわなければならない。
 まさに13才思春期真っ只中、あそこの毛がはえ始めてきた少年にとってこれは衝撃以外の何者でもなかった。

 「それではお小水を取りますので、お見舞いの方は廊下に出て下さい。」
 病室の中は看護婦さんとニシジマ少年の二人きりとなった。
 彼女は慣れた手つきで前を空け・・・・・
 感覚をたよりに思い出すと、どうも膀胱に管をつっこまれたような、なんだか"ちかちか"というか"きりきり"というか、はずかしいし、拒めないし、ああーん、けんちゃんもうだめ・・・・
 「どう、出てるのわかる?」
 しばらくしてそう聞かれたが、まったく放尿感がなかった。
 彼女は事務的に、かといって冷たいわけでもなく、淡々と処置を遂行していった。

 こういう経験ってなんでしょう。
 トラウマとか言うんでしたっけ。
 それから私は完璧な「ナースコンプレックス」の人になってしまったのだ。
 看護婦さんに対して、強い尊敬の念を抱くとともに、心の底の方で満たされない思いがつのるというか、よからぬ考えが浮かんでしまうというか・・・(はあはあ、ぜいぜい。(^ ^!)


 一週間後、左ギプスの指先部分をカットしてもらって、ようやく排泄行為は一人で出来るようになった。
 しかし、右手は固定したままなので食事は一人で取れなかった。
 両親とも仕事の関係で、毎日付き添うことができない。
 そこで、事件の直接的な当事者K君、C君、I君の母親が交代で付き添うことに決まった。
 ともだちのお袋さんに、赤ちゃんのように口を開けて食べさせてもらうのである。
 これもニシジマ少年にとってはかなり恥ずかしいことではあったが、幸いなことに「フレンズマザーコンプレックス」(なんだそれは)にはならなかった。

 クラスのホームルームでは授業を録音したカセットテープとノートの写しを交代で届けるという議題が通り、毎日必ず誰かが病室にやってきた。
 それは大変ありがたいと、早速テープを聞いてみたが、授業は間延びしてるし、イスや机の雑音だらけで、あまり効果的ではなかった。
 しかし、そのためにラジカセを枕元に置けて、友達が差し入れてくれたビートルズのテープを繰り返し聞くことができた。
 おかげでビートルズは今でもほとんど全曲カラオケで歌えちゃったりする。(^ ^!(いやいやカラオケ嫌いでした・・・)

 校長先生が突然病室に現われ、専門の英語の講義を2時間にもわたってしてくれたが、入院中は微熱が続いていて、全然集中できなかった。
 (この校長は私の入院中に生徒が自殺するという事件が起こり、間もなく移動していった。)

 そして、退院できたのは、7月半ばのもうすぐ夏休みという時期であった。