家を買いに...2

 家を買うことについて、私は当初あまり気乗りしていなかった。
 「あと10年我慢すれば、子供もここを出て行くから狭くなくなるんじゃないの」
 と、のらりくらりかわしていたが、
 「県営団地の審査が厳しくなったからそんな先まで団地に住めなくなるのよ。実際○○さんも、××さんも、近所のマンションに引っ越したんだから。」
 と、妻は真剣であった。

 家探しとなるとなにはさて置き、予算である。
 1985年に就職してから不動産の値段は高騰を続け、1991年頃には、
「もう首都圏で家を購入するなんて不可能に違いない。
 息を潜めて団地暮らしを続け、いつかは実家の相模原のマンションに引っ越して、遠距離通勤に耐えるのかなぁ。」
 と漠然と思っていた。
 地価の下落が始まっても、住宅地に関しては高騰前の水準には戻りっこないと思っていた。
 ところが、「地価は今が底値」と毎年言われながらも下げ止まらず、いつの間にか
 (ひょっとしたらひょっとするかもしんない)
 という相場になって来たのだ。
 しかし、まだまだ現実は厳しい。
 年収の5倍まで借りれるとして予算を立ててみたが、横浜市内では一戸建ては勿論、新築マンションもちょっと難しい。
 中古マンションでやっと引っかかる程度である。
 (これじゃあ、資産価値は低いし、選択の幅は狭いし、ローン負担は始まるし、つまんないよなぁ)
 と、今一つ気乗りしなかった。
 ところが、状況が変わった。
 妻が実家に行き、資金援助の話をつけてきたのだ。
 当初予算にそれを足すと、売り出し中の新築一戸建てになんとか手が届くか!!
 というところまで来た。
 そこで選択肢はぐっと広がった。
 ここで読者の皆さんは、
 「何それ、奥さん頼みの甲斐性なし亭主じゃないの!!」
 と冷たい視線を送るかもしれないが、まったくその通りなのだ。
 この際、プライドよりも<<娘に踏まれない生活>>に擦り寄ってしまうのだ。(^_^!

 さて、予算枠が広がったことにより夢も希望も広がった。
 そこで家に関する夢を少し披露すると、

  1. 百坪の土地を手に入れる。
  2. そこに高気密、高断熱の自宅と防音完備のAVスタジオを建てる。
  3. AVスタジオの中には100インチのスクリーンとハイビジョン対応のプロジェクターを設置。
  4. さらにグランドピアノも置いちゃう。
  5. TV番組「建物探訪」の渡辺篤を呼んで「いやぁーこれはなんとも」と言わせる。
  6. 南側の庭に二十坪の菜園を作り、ナスとトマトとキュウリと枝豆とトウモロコシとサヤエンドウと大根とほうれん草とジャガイモとイチゴを収穫する。
 ここまで話していたら、妻に
 「そんな現実感の無いこと言ってるんだったら、一人で田舎の畑に家を建てて住めばぁ」
 と、冷たく突き放された。(T_T)

つづく。


(C)Ken Nishijima 1999.5