では、最初に望月さんに、『舞姫』を原作に選ばれた理由からうかがえますか?
原作は古いんですね、100年くらい前なんです。でも内容が、留学及び長期にわたる留学制度ってのが、今とあまり変わってないんじゃないかって思ってるんですね、自分の留学体験を含めて。そういうところで、今、100年前に書かれたものを上演しても、今の人、2000年に生きている人にでも、共感できる部分があるんじゃないかと。そういったところで選んだのが大きな理由です。
そうしますと、基本的には時代設定など原作をそのままバレエ化したという感じですか?
はい。そうなんですけど、時間的なものもありまして、すべてを小説どおりにやってるというわけではないんです。ある部分膨らませたり、ある部分カットしたりっていうことはやってます。
登場人物は同じですか?
ええ、同じです。その中でも2、3カットしたりってのはあります。でも太田豊太郎であるとか、相沢謙吉であるとか、天方大臣であるとか、官長、それから日本人留学生とかっていうのは、そのままです。
酒井さんは主役のエリス役ですが、最初、『舞姫』のエリスを踊ると聞いた時、どんな感想をもたれましたか?
まず、望月先生の作品に出られるというのが、とても私はうれしかったんですけど…
ありがとうございます(笑)
『舞姫』というお話、実は私知らなくて――みんなに教科書に出てたって言われたんですが、私は読んでなかったので――エリス役をやるということで、すぐ本を読んだんですが、候文でとてもむずかしくて(笑)。でもそれなりに読んでみて、すごく悲劇で、昔のむずかしい話だったので、すごくバクバクして、どう演じられるのかなとか考えましたけど。でも、とても楽しみで、うれしかったです。
最初、小説を読んだ時、太田豊太郎という人物にどんな感想をもちましたか?
やっぱり現代では考えられないっていうか。現代で、もし恋愛を取るか、仕事をとるかっていう時、仕事をとってしまう豊太郎っていう人はすごく弱い人に思えてしまいました。
現代的な感覚ですと、かなりひどい男って感じがするんですが(笑)、そう思われませんでした?
ひどい男だと思います(笑)
さきほど望月さんは、留学というモチーフが現代でも同じなんじゃないかとおっしゃいましたけども、登場人物の性格や行動は、現代にもってくるとかなりくい違いがあると思うのですが、『舞姫』を原作にする時に、その点、何かお考えになりましたか?
そうですね。留学している時に一番怖いなと思ったのが、日本人だったという気がするんですよ。
うまく言えないんですけども、アメリカ人であったり、スイス人であったり、なんだかんだというのは、けっこう知り合うと、とても仲よくなるんです。同じ仲間の日本人とかっていうのは、けっして足を引っ張ろうとかいう意味ではないんですけども、でも、いい面はちょっと、悪い面はこーんなに大きくして日本に伝わるみたいなところがあって、それはすごい怖いなと思ったことがあるんですね。
だから、太田豊太郎が向こうでエリスという踊り子と知り合ってそんなにもしてないのに、同じ日本人の仲間が「あいつは勉強しないで、女の子と付き合ってるよ」みたいな中傷――もちろん嫉妬も含めてでしょうけど――そういう中傷があって、いわゆる官費、国からの費用をカットされてしまう。それは、もう優等生として日本で育ってきた太田豊太郎にしては、なんとも言えない屈辱だと思うんです。
まあ、僕自身の経験というのはそういうこともあったし、それとやっぱり、長く行ってると、ちょっとほのかな恋心を抱くような人にも、出会ったこともなきにしもあらず(笑)ってところもありまして。
外国における日本人社会みたいなものを、創作のテーマとして選ばれた…
うん、そうですね。日本人って外国に行くと、“日本人”ってかたまってしまうような感じがあって、そこから出る人は「あいつちょっとだめだよ」とかね「俺たちの集まりに出てこないよ」とかね「なにしてんだろう」なんて…。「ほっといてくれ!」なんて思うことがあるんだけど。でも、けっこう周囲の目がなんとなく光ってるっていうことを感じます。
『舞姫』という作品をそういう観点からバレエ化するのは、私としてはたいへん面白いと思います。といいますのは、『舞姫』というと、どうしても教科書的に“近代的自我の確立”といった解釈で、豊太郎ひとりの葛藤だけに焦点をあてられがちだと思うんですけど、望月さんの場合は、周囲の社会との関係性を描かれているんですね。
実は、先週リハーサルを拝見したんですけども、確かにまわりの日本人たち、仲間たちの誹謗中傷とか噂をする醜い姿とかを、非常に活写されている振りだなと思いました。
内容がやっぱり暗いですから、出来るだけ明るい部分も作りたいって思ってるし。だから、そういうところ(外国における日本人社会)は極力暗くならずに、ちょっとオーバーに、コミカルに処理する方法をとっています。