望月さんと酒井さん

2000/4/18 神保町・北沢ギャラリーにて
望月さん(左)と酒井さん(右)
神保町バレエ・フォーラム
 「舞姫」は語る〜新国立劇場バレエの現在と未来〜
ゲスト:酒井はな/望月則彦
聞き手:海野 敏


●協力/北沢ギャラリー・新国立劇場・海野 敏
●写真/T.D.S.鈴木紳司


 ◆ 後 編 ◆ ●前編● 

 『舞姫』のお話に続き、新国立劇場バレエの現在、日本人とバレエ、そして日本バレエ界の将来についてなど、さらに話題が広がっていきます。
 やっぱり、バレエは日本人に向かないのでしょうか? 日本のバレエが発展していくためには何が必要なのでしょうか? 興味深いお話が続きます。

CONTENTS 【新国立劇場バレエの創作バレエ】【バレエは日本人に向かない?!】【日本バレエの未来へ】


 
新国立劇場バレエの創作バレエ

海野 次は新国立劇場バレエについて、話を広げてうかがおうかと思います。とりわけ、創作バレエの話など、うかがいたいと思います。
 創作バレエに関しましては、『梵鐘の聲』、『踊れ、喜べ、汝幸いなる魂よ』に続く挑戦となります。創作バレエを多数手掛けられていらっしゃる望月さんに、新国立劇場で新作バレエを作るメリットをうかがいたいんですが、実際作ってみて、こういうところがよかった――ダンサーなり、施設・設備なりについて、よかった点がありましたら、聞かせてください。

望月 うーん…そんなに他と違っているっていうふうなところは…。まあ、広いスタジオがあるとか、この時間帯はダンサーが拘束できるとかっていうふうなことに関しては、メリットっていうか、ありますけども…。
 新国立だっていうよりも、今回の事に関しては、酒井はなというダンサーと(太田豊太郎役の)白石貴之というダンサーと知り合えたっていうのが、いちばんのメリットだと思ってます。

海野 設備に関しては、回り舞台を初めて使われるそうですね。

望月 はい、そうなんです。長いこと振付師やってて、回り舞台使うの初めてで。回り舞台はね、大変なんですよね、前後とかなんとかが。それで、こういうCDのディスクに白い紙を貼って、これをクルクル手で回しながら、どんだけ回ってるかなって。90°だと思ってやってるのが、180°だったり。「あー、だめだ。これじゃ、ダンサーが全部、真うしろ向いて踊ってる」とか(笑)

海野 演出の回転させる角度のために、CDのケースとCD使われているとは、とても面白いですね。

望月 ええ。スタッフから特許取れとかって言われまして(笑)

海野 中劇場の4面舞台を使われるわけですが、それは他の劇場と使い勝手という点で違いませんか?

望月 今回は僕の作品だけでなくて、金森君の作品とか石井先生の作品とかがあるから、3人がいちばん舞台をスムーズに使うっていうのが、最低条件としてありますから。
 回り舞台ってのは、普段は、普通の舞台の奥にあるんですけれども、それは入れ替えるだけですみますから、スタッフの中でも回り舞台使うことは可能だっていうことなんです。
 新国立劇場だから、回り舞台をうれしがって使っているってことではなくて、見てもらったら分かるんですけども、どうしても回り舞台が効果的だっていう場面があって、そのために、それを回り舞台で見せたいがために回り舞台にしてるっていうだけで、子供が新しいおもちゃ与えられたみたいに、喜んでクルクル回してるわけではないんです。

海野 酒井さんにうかがいたいんですけど、ダンサーの側から見ますと、日本人の振付家で創作バレエを踊るっていうのは、他の、例えばプティパの作品とかを踊るのと違った意識はあるんでしょうか? 別に変わらないんでしょうか?

酒井 意識ですか? プティパは、古典で型がしっかりある中に自分を入れていって、その中で自分を表現するというところがあるんですけれども。振付家の先生と一緒にやるってのは、ゼロから作っていくっていう感じです。

海野 ゼロから作っていくのは、ダンサーにとって面白いんでしょうか? それとも、むしろ苦労が多い?

酒井 私は、とても面白いです。

海野 望月さんは、役の踊り方の解釈は、ダンサーにまかせていらっしゃるという話がありましたけど、古典作品を踊るより自由度が大きいところも、ダンサーにとっては面白いところですか?

酒井 そうです。とても、それは。
 毎日、いろんな感じ方が出て、表現を見てもらって、よかったり、悪かったりっていうふうなのを見ていただけるし。
 コンスタントにテクニックを出すのと違って、感情を出していく見せ方っていうのは、毎日、毎回違って…。リハーサルが、発見があって毎回新鮮です。

海野 新国立劇場バレエの前に、牧阿佐美バレヱ団で踊ってらっしゃって――今、芸術監督、牧阿佐美さんがやってらっしゃっるわけですが――その両方のあいだに、ダンサーから見て違いはありますか?

酒井 リハーサルするお部屋とパフォーマンスをする劇場が同じっていう、自分の劇場があるってことでしょうか。

海野 ちょっと細かい話かもしれませんが、メソッドについて、牧阿佐美さんのところでされていたメソッドと新国立のレッスンのメソッドで、違いはなかったですか?

酒井 最初のころは、ワガノワのロシアの方がいらしていて(牧とは)違ったので――牧では割りとロイヤル・スタイルの方なので――ちょっと身体的に大変でしたけど、でもとてもいい勉強になりました。

海野 今はワガノワから、またロイヤル・スタイルの方に…

酒井 はい。ロイヤルの『シンデレラ』をやりました。

海野 レッスンの仕方ってのは変わったんですか?

酒井 はい、変わりました、その時は。だから、その演目によってレッスンが変わります。

海野 今は、J-バレエに向けてのレッスンのスタイルってのは、あるんですか?

酒井 J-バレエみたいな時は、ミストレスの小林(紀子)先生、大原(永子)先生にレッスンをしていただいて、特にメソッド的なものは…。



 
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海野 さて、次にちょっとむずかしい話、話しづらい話かもしれませんけれど、日本人とバレエについてうかがいます。バレエは西洋起源の芸術で――もちろん一般的にもクラシック音楽もそうですけども――とりわけ身体にかかわる芸術ですので、バレエを日本人が踊ることに関して、いろんな意見があります。むずかしさというか、障害みたいなものがあるんじゃないかと思うんですが、いかがでしょうか。
 望月さんはローザンヌ国際バレエ・コンクールで、たくさん振り付けていらっしゃいますね。そういう経験から、日本人がバレエを踊ることについて、望月さんのご意見をうかがいたいんですけども。

望月 ああ、むずかしいですねえ。昔は日本人のプロポーションってのが外国の人に比べると、いい悪いではなくて、大分違ってた。頭が大きいことが悪いとかじゃなくて、頭が大きく、手足短いっていうふうな独特な(笑)。僕が若い時、外国へ行くと自分のスタイル見て「ああ、やっぱりダンサーに向いてないのかな」と思うような時期もありましたし。でも、今は日本人が、特に外国に出ていってやっていこうと思っているような人は、向こうの人とそんなに遜色ないと思います、プロポーション的には。で、こうなってくると、逆に日本人は強いなと思うんですよ。
 日本人は、賢い…って言うと語弊があるけど、器用。それと瞬発力があるんで、アレグロが向こうの人に比べて――アダージョはちょっと負けてしまうような部分もあるんですけど――アレグロに関しては日本人は、やっぱり強いなっていう部分もあるんですよ。だから、国際コンクールなんかで日本人に振り付ける時は、僕は極力アレグロを使うようにしてるんです。
 今は、外国の芸術を東洋人がやってるっていうふうな意識は、もうほとんどないんじゃないかと思うんですけどねえ。日本の歌舞伎を外国人が向こうでやってるような、そういったギャップみたいなものが、今はまずない。

海野 今、もう日本人はプロポーション的に遜色ないっていうお話しでした。その代表格が、酒井さんだと思いますけども…

酒井 えーっ(笑)

海野 酒井さんは、バレエを日本人が踊る事について、むずかしさを感じたことありますか?

酒井 身体は、全然やっぱり違うと思うんですよね、質が。血が違うっていうか。むずかしいのは、百も承知で…。(つぶやくように)まあ、もっともっとがんばっていくしかないですね。

望月 なんで? 平気だよー(笑)

酒井 ありがとうございます(笑)

海野 具体的には、例えば、アン・ドゥオールとか…

酒井 はい、アン・ドゥオールですね、やっぱり。普通で、ピシッと立てる外人の方とかを見ると「はあ…」って思っちゃったり。自分だとすごく意識して、無意識では絶対いけないじゃないですか、内脚になってしまうので。でも、そういうところを日本人は、とても繊細に気をつけているから、舞台ですごくていねいなのかなあとも思ったりするんですけど。

海野 これだけ身体に恵まれている酒井さんが、そうおっしゃるとは、ちょっとびっくりしました。

酒井 ええっ、そんな、全然(笑)

海野 『舞姫』に関しては、テクニックよりも演技の方が苦労されているって話でしたけども、演技面では、日本人であることで、プティパの作品なり、たとえばキトリなりを演じる時に、苦労されることはありますか?

酒井 役になる時って、私はそんなに苦労ではないんですよ。よく本を読んだり、すごくたくさん音楽を聴いて、身体そのものからその役になってしまうんで、そんなに苦労は…。

海野 たとえば新国立では、ゲストに外国人のダンサーの方を呼んでますけど、そういう外国人の方の踊りを見て、外国人の踊りと自分の踊りの違いというのは感じないでしょうか?

酒井 ダンサーひとりひとりが違うので。日本人でも外国人でも違うんですよね。

海野 それは、日本人、外国人っていう違いじゃなくて、ダンサーひとりひとりの個性の違いということですね。

酒井 だと思います。

酒井はなさん 海野 あっ、そういえば酒井さんのお生まれはアメリカ・シアトルですよね。それは、あの…

酒井 生まれただけなんです(場内爆笑)生まれて、空気を吸って帰ってきただけなんです(笑)

海野 じゃあ、その幼児体験がバレエに生かされたという…

酒井 ことはないんですけども。でも、きっとシアトルで生まれたということで、なにか違うのではないかと…勝手に私は思ってるんですけど(笑)

望月 違う! うん、違う違う(笑)

酒井 日本で生粋で育ってきたダンサーです。



 
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海野 それでは、まとめということで、日本のバレエがこれから発展するために何が足りないか、もっとこういうことがあればいいんじゃないかということを、振付家の立場、あるいはダンサーの立場から見て、これから踊っていく人に向けて、それから観客に向けて、何かありましたら聞かせていただけますか?

望月 ああ、それもむずかしい…。それが分かれば、もっと日本のバレエとか、バレエ人口も増えてると思うんですけども。
 古典作品は古典作品で、すごくいいところあると思うんですけども、いかんせん『白鳥の湖』にしたって『くるみ割り人形』にしたって『眠れる森の美女』にしたって、全部おとぎ話でしょ。童話ですよね。だから何回か通って見たとしても、ストーリー自身の面白さよりも、ダンサー個人の技量を楽しんでみたり、演出の仕方をちょっと変えてみたりしてるくらいだと思うんですよね。
 だからモダンとかクラシックとか、なんとかじゃなくて、僕が思っているバレエ――肉体を使って表現をするものをバレエとするならば――大人の人の鑑賞に堪えうるようなストーリー、もしくは構成、ダンサーなり…そういった作品がどんどんできて、その上に、また同じ事言いますが、分かりやすい作品。せっかくお金払って見に来て、頭抱えて帰るよりは、なんか今日は面白かったね、なんかだったねっていうふうなことが与えられるような作品が、どんどん出てくれば必然的にバレエって、けっこう面白いもんだよっていうふうになって、それが底辺の拡大になってくる。その観客が増えるか増えないで、今後のバレエ界の発展の具合が変わってくると思うんだよね。

海野 まったくそのとおりだと、私も思います。
 じゃあ、ダンサーの立場から、日本のバレエに対する要望、ございますか?

酒井 国立のバレエ学校が、将来的にはできてほしいと思います。

海野 はい。ずばり、そのとおりですね。

望月 あの、いちばん悲しいのは、日本人ですごい優秀な人が外国へ行って勉強してきますよね。勉強して帰ってきて発表する場、もしくは自分の落ち着ける場所がないんですよね。その人たちを受け入れる器があれば、またそれも変わってくると思うんですけどね。
 すごくいいレッスンを受けて帰ってきた。そしたら前と同じ先生のところにまた戻ってきて、また元に戻ってしまった。あれはいったいなんだったんだろうっていうふうなことも実際問題ありますから。
 いちばん困るのは、地方のバレエの先生もそうだと思うんですけど、育てて育てて、そのあと、さあどうしましょう。プロとしての活躍する場所があるのかどうか。あったとしても、まったく生活が成り立たない、経済的に成り立たないようなところでしかできないから、もっとほんとうの意味でのプロとして成り立つような方法が、受け皿がどうにかして出来ないかなと思うんですけどね。

海野 最後になりますが、おふたりそれぞれの今後の抱負など、おうかがいしたいと思います。
 まず、酒井さんから。これからこういった作品を踊ってみたい、こういった振付家の作品を踊りたい、こういった役を演じてみたいっていうのはございますか?

酒井 私は…うーん。ないんです(笑)何でも踊ってみたいんで、特にないです。

海野 たとえば、いままで踊った中でも、もっと再演を繰り返していきたい、もう1回踊ってみたいものは?

酒井 『テーマとヴァリエーション』

海野 ああ! 次(6/29〜7/3)の公演では…

酒井 踊らせてもらえないんです(笑)

海野 ですよね。それ非常に、私、残念なんですよね、個人的に。ぜひ『テーマとヴァリエーション』だけじゃなくて、バランシンの作品をもっと踊っていただきたいなと。  あと、個人的にマクミランの作品とか踊っていただければ…

酒井 あっ、いいですね。

海野 『舞姫』後のスケジュールを、新国立劇場、新国立劇場以外でも、紹介していただけますか?

酒井 『ラ・シルフィード』を6/29と7/1。そのあとは日本バレエフェスティバルで、佐々木大さんと踊ります。それがあって、次のシーズンで『白鳥の湖』からスタートです。

海野 望月さんも同じような質問ですが、これから作ってみたい作品は?

望月 決まっているのが、11月に谷バレエ団の創作の会で『愛と死との戯れ』。ロマン・ロランの作品なんですけど、まだ台本も書いてません。『舞姫』がすんでからと思っています。

海野 まだ手掛けてないけども、いずれやってみたい作品ありますか?

望月 お金とダンサーがあれば『レ・ミゼラブル』なんかのバレエ化を、大規模にやってみたいと思っています。

海野 では、最後に今日あつまっていただいた参加者の皆さんに、一言ずつなにかいただけますか。じゃあ、望月さんから。

望月 人前に出すの恥ずかしいような顔を出しまして、申し訳ありません(笑)
 はなちゃんたちダンサーや、まわりの方たちは、すごくがんばってくれていますので、ぜひ見ていただきたいと思います。

酒井 望月先生と同じです。
 ほんとに、ダンサーが一団となって一生懸命やっていて、まわりでみんなで泣いちゃうぐらい、やっていても“(鼻詰り語で)はんかち、にまいをよういして”(笑)ほんとうにドラマチックにとてもすばらしい作品になると思うので、ぜひぜひ見にいらしてください。

海野 森鴎外の小説に『普請中』ってのがありまして、その有名なセリフ「日本はまだ普請中だ」というのがあります。普請中、建設中だと。おそらく、それになぞらえますと「日本のバレエはまだ普請中」なんです。普請中の日本のバレエのために、おふたりがますます活躍されることを祈りまして、これで第一部を終りにいたします。ありがとうございました。



 海野さんの感動的なまとめの言葉で、1時間半近くにおよぶフォーラム第一部が終わりました。「普請中日本のバレエ」を、一ファンとしても見守り、応援していきたいと思いました。

 このあと休憩をはさみ、第二部、質問タイムとなり、熱心なファンの熱い質問が続きました。

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